イタ飯百珍

イタリアが「他国に負けない!」と気を吐いているもの、それが「食」!最近は備忘録。

中世のモルタデッラとルネサンス時代の腸詰めの話

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パオロ・ヴェロネーゼ作『カナの饗宴』(一部)1563年 ルーヴル美術館蔵 

 

ガンベロロッソに、面白い記事が載っていた。

今はもう忘れ去られてしまったレシピを、現代によみがえらせるというのがテーマになっている。

 

それによれば、イタリア半島ではおそらくエトルリアの時代から養豚が行われていたらしい。イタリアではインサッカーティと呼ばれるいわゆるサラミも、マントヴァ近郊の古代の遺跡からその形跡が見つかっているのだそうだ。紀元前5世紀ごろには、イタリア半島の人々はすでにサラミをはじめとする加工肉を食していたというのだ。

もちろん、古代ローマ人も豚の加工肉が大好きで、謹厳なる大カトーでさえも豚肉の加工について触れているというのだから面白い。

西暦1世紀のボローニャの遺跡には、当時の人々がどのように豚肉を処理していたかがレリーフで残っている。

冷蔵技術などなかった当時はしかし、塩や香辛料で肉を長期保存するための技術は必然であったのかもしれない。

ちなみに、私が調べたところによれば、牛の飼育は1200年代まで待たなくてはならない。ポー川流域の灌漑に成功したベネディクト派の僧たちによって、牧草地の確保が可能となった結果であった。高名なイタリアのチーズ「パルミジャーノ・レジャーノ」は、こうして誕生したのである。

 

中世のモルタデッラとは

今度は、モルタデッラの話である。

ピスタチオが入ったモルタデッラは、私の好物のひとつである。

モルタデッラという言葉は、中世には既に存在していたそうだ。その語源をたどると、肉を加工するときに使う「mortaio(乳鉢)」に由来しているのだという。

1300年代のモルタデッラは、現代のハムのようなものとは様相を異にしており、肉とレバーを香辛料で混ぜた肉団子のようなものであったそうな。

これはこれで、おいしそうな一品である。

 

魚肉ソーセージまで?ルネサンス時代の「詰め物」

中世からルネサンス時代にかけて残るレシピには、数えきれないほど「詰め物」のそれが存在する。

当時の「詰め物」は、本来ならば廃棄するべき肉やチーズの部位を使ったものが多く、中には魚を使用したレシピもあるのだそうだ。まさに魚肉ソーセージではないか。

中世の「詰め物」の多くはしかし、現代とは異なり火を通したものが大半であったとある。

 

サフランたっぷり、超高級な黄色い腸詰!

ルネサンス時代の高名な腸詰のひとつに、黄色いサルシッチャがある。

なぜ黄色いのかといえば、高価なサフランが入れられていたからだそうだ。この黄色いサルシッチャは、1800年代までモデナの郷土料理であった。かの地を治めていたエステ家の宮廷には、しじゅう登場していた料理でという。優雅に着飾った淑女と貴紳たちが黄色いサルシッチャにかぶりつく姿を想像するのもいとおかし、である。

 

というわけで、くだんのガンベロロッソのサイトにはこれらのレシピが写真付きで乗せられている。

 

私はかつて、戦国時代の今川家に伝わる料理というのを静岡の料亭で食べたことがある。私が大好きだった永井路子先生が『姫たちの戦国』を上梓された際、テレビ番組のプレゼントに応募し当たったものである。

当時はまだ醤油がなくて、「ひしお」なるもので駿河湾の幸である刺身を食べたものだ。素材はよいのだから非常に美味なのだけど、後から塩辛さがこたえたのを思い出した。喉がかわきすぎて、母と二人帰宅途中でアイスココアを飲んだほどである。

 

食文化の継承という点では日本もイタリアも世界に誇るべきものがある、と自負している私である。