イタ飯百珍

イタリアが「他国に負けない!」と気を吐いているもの、それが「食」!

冷凍モッツァレッラ・チーズをめぐる賛否 

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向かって左側が「サレルノ産」、右側が「ローマ南部産」モッツァレッラ

 

 

 

先日、夫がサレルノ大学に出張し、ご当地に詳しい教授に「サレルノ一うまいモッツァレッラ」を売る店を教えてもらったといって買ってきた。

暑い夏、料理がしたくなくなると、モッツァレッラは主婦の偉大なる味方になる。

モッツァレッラとトマト、それにパンでもあれば、食欲がなくなる夏の食事は済んでしまうこともある。

というわけでその日は偶然、夫から「サレルノ一のモッツァレッラを買った」という一報がある数時間前に、私は地元もスーパーでモッツァレッラを買ったばかりであった。

そこで、その日は「サレルノ一のモッツァレッラ」と、我が町のスーパーで買ったモッツァレッラを食べ比べてみようと言うことになった

スーパーで買ったモッツァレッラといえども、大量生産されて売られている袋入りのものではない。地元の業者が、スーパーに卸しているものだから、買うときは「あまり大きめでないモッツァレッラをふたつちょうだい」という具合に買う。スーパーのお兄さんは、「今日はリコッタもおいしいよ」なんて軽口をたたきながら、モッツァレッラとを袋に入れて重さを量り保存用の液体も加え、値段を貼り付けてくれる。

 

サレルノ産とローマ近郊産を皿に並べてくらべると、ローマ近郊産のほうが見た目はつるつるしているといった程度だ。

味はどうだろう。

私は普段からモッツァレッラはあまり食べ慣れていない。

夫も、モッツァレッラをとくに好んでしじゅう食べる、という人ではない。

その二人でモッツァレッラの食べ比べをしても、生産者さんには申し訳ない結果しかでなかった。つまり、「微妙に塩分が違うけど、味は大差ない」。

 

イタリア各地に出張すると、「ご当地もの」を強く推奨する人によく出会うらしく、「ご当地で一番ウマい」という食材を夫はよく買ってくるが、お国自慢が大好きで思いこみが激しいイタリア人の「ご当地一」もだいぶ差し引いて考えるほうが無難かもしれない。

 

我が家は普通、カステッリ・ロマーニ地方の農家や酪農家が主催する直営マーケットでモッツァレッラを買ってくる。朝作ったばかり、というモッツァレッラはまだ生温かい。そして、買うたびに毎回味が変わる。

一度文句を言ったら、お兄さんにせせら笑われた。

「ボクたちが作ってるのは’自家製’のモッツァレッラだ。牛の乳の味は、小牛が成長するにつれて変わるんだから、チーズの味が毎回変わるのは当然だ」。

そう、イタリアでは5月に作るチーズが最もおいしいといわれるのは、小牛や子ヤギが春に生まれるので、5月の乳が甘いからという理由によるのだろう。過去には、塩と砂糖を間違えたのではないかと疑うくらい甘かったこともある。

市場では、牛乳の乳から製造するチーズのみを販売するおじさんも「牛のモッツァレッラチーズ」を売っているが、モッツァレッラの原材料は「水牛」の乳であるほうが断然おいしい、とモッツァレッラにこだわりがあるとも思えない夫も主張する。

 

ところで、モッツァレッラを生産する人が口を揃えて言うのが「モッツァレッラを冷蔵庫に入れるな!」の一言だ。

しかし、スーパーに行けばモッツァレッラは冷蔵コーナーにある。

 

「冷蔵庫はダメだ。冷暗所に保管すれば、4,5日は大丈夫」

モッツァレッラ職人たちは豪語するのだが、この季節に「暗」はあっても「冷」の場所など家の中にあるはずもない。

それでも、「冷蔵庫はダメだ」が、彼らの口癖になっている。

 

冷蔵庫でさえもタブーなのに、なんと「冷凍モッツァレッラ」の規制緩和のニュースが流れた。もちろん、カンパーニア州の農業総同盟は大反対だ。

農業総同盟のメンバーはいずれも、「保護原産地呼称 ( DOP ) 」の保証付チーズを生産する職人たちである。

「数世紀に及ぶイタリア食材の代表格モッツァレッラを冒涜するのか!」

と、早くもけんか腰だ。

 

イタリアの農林政策省は、現在のモッツァレッラの輸出方法では、保存用の液体が不可欠のためコストの面で問題があり、-18度以下の輸送を実現すれば現在キロあたり10ユーロもかかる輸送費が50セントにまで削減できる、と主張している。つまり、イタリア食材の輸出拡大に向けて政策を練ってきたのだ。

また、カンパーニャ州の農業組合も「伝統的なモッツァレッラは、製造後4時間以内に冷凍し質を落とさないようにし、なおかつ冷凍品ではない商品と区別をするために’frozen'の記入をする」と述べて、農業総連盟を説得しようとしている。

 

が、農業総連盟

「それならキャンティ・クラッシコを冷凍保存して輸出し、品質や味が変わらないか試してみろ!」

と怒り心頭だ。

 

モッツァレッラチーズの重要度が高いイタリア料理の高名なシェフ、ピッツァ職人たちはしかし、冷静な対応をしているらしい。

「’モッツァレッラ’と名乗ることもおこがましいような品質の、外国産の模造品が世界中で売られていることを考えれば、本家イタリアで製造され’冷凍’されたモッツァレッラが、’冷凍品’と明記されて売られるほうが望ましい」

というのが、彼らの意見のようだ。

 

ちなみに、輸送コストがキロあたり10ユーロかかるモッツァレッラチーズは、ニューヨークでは1キロ35ユーロの値段がついているのだそうだ。

モッツァレッラはその昔、保存が利かないチーズのため、生産地カンパーニア州でしか味わえないチーズであった。

ナポリのブルボン王家の王様たちもこのモッツァレッラチーズを愛し、ナポリの王宮には「王家御用達モッツァレッラ」を製造するための水牛小屋まであったという。

近代になり鉄道が敷かれ、モッツァレッラはようやくカンパーニア州を抜け出し、イタリア半島に普及したという歴史がある。

ちなみに、なぜかモッツァレッラはできたてのほやほやよりも、次の日くらいに味が落ち着くような気がする(私個人の感想です)。

そして、毎度食べきれなくて結局パスタに混ぜたり、ズッキーニの花に詰めてフライパンで焼いて食べることになるモッツァレッラ、水分が飛ぶと塩味が勝っておいしい、と感じる私は、モッツァレッラを語る資格などないのかもしれない。

 

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食べきれないモッツァレッラ、結局このように調理することに。アンチョビも入れるとおいしいんですよ。

 

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ヴァティカン、聖体拝領に使用するパンとワインを指定したニュース

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パンというよりおせんべいみたいです。

 

 

イタリアにいると、キリスト教関係のニュースには吹き出してしまうこともままある。

ヴァティカンのお膝元というのは、見なくていいものまで見えてしまうためか、真面目なキリスト教信者というのは私の周辺にはわずかしかいない。

 

この記事も、真面目に新聞記事になっていたのだが、私は笑い出してしまった。

 

ヴァティカンはなんと、「聖体拝領」で使用するパンとワインについて規律を定めたのだ。

いわく、

ワインは原産地が明記されたDOCと呼ばれる保証付でなくてはならない。

原産地が不明の「混ぜもの」もあってはならない。

ビールなどのほかのアルコールを代用してはならない。

古くなって酸っぱくなったワインを使用してはならない。

パンは、最近はやりの「グルテンフリー」であってはならない。

「アッジモ」と呼ばれる聖体拝領用のパンには、蜂蜜や砂糖やフルーツを添えてはいけない。

そして、パンもワインも誠実な人間の手によって生産されたものだけを使用すること。

作り手は、製造方法に精通していなくてはならない。

 

こんなことを、真面目に典礼秘跡省が、法王フランシスコの名前で決定したというのである。

典礼秘跡省がいわんとするところは、偽物や安物で聖なる儀式を行ってはいけない、ということなのだろう。

スーパーに行けば安価なパンやワインが簡単に手にはいるし、ネットでも食材の購入は難しくない時代なのだ。

まして、教会に通う真面目なキリスト教徒は減る一方だ。信者も来ないのに、わざわざ高いパンやワインを用意するのは、教会のお坊さんたちも大変なのだろう。

財源不足も深刻なのだそうだ。

フランスのサンスにあるカルメル会女子修道院では、修道院の維持のためにビールの製造まで始めたという。「聖体拝領」では使用してはならぬ、といわれたビールを生産していかなくては、修道院の運営がままならないのだそうだ。

確かにイタリアでも、各地の修道院で素朴なラベルを貼ったアルコール、蜂蜜、化粧品などがよく売られている。フィレンツェサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の化粧品がとくに有名だ。かの教会の化粧品店は、ローマには最近、支店までできた。あそこまでマーケティングが成功しなくても、メイド・イン・修道院の産物は重要な財源なのだろう。

 

グルテンフリー」は昨今の流行であるが、聖体拝領用のパンは伝統的な製法を使ったものでなくてはいけないので、「グルテンフリー」は認められない。

しかし典礼秘蹟省は、グルテンに対してアレルギー反応を起こす「セリアック病」を患っている人は、このかぎりではないとしているそうだ。つまり、「セリアック病」の人は、聖体拝領に参加する際はワインだけで済ませてよい、という。

また、「アルコール中毒」の人は、ワインの代わりに「モスト」と呼ばれる葡萄ジュースで代用せよ、とあった。

 

そこまで細かく決める?と笑っちゃうけど、歴史があるという前提があるからかもしれないが、「儀式」というのは規則が多ければ多いほど「格式がある」ように見えるのも事実だ。

私の実家では、お盆は「仏さんのおもりがある」ので、8月のお盆の時期は外出もままならなかった。毎年、お盆のためだけに特殊な祭壇を設置し、お盆の間中朝昼晩と御供えのメニューがきっちり決められていたのだ。

聖体拝領のパンやワインについて事細かに規則を決めるのと、大差はないのかもしれない、と最後には納得した次第。

 

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イタリア版「食育の本」

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通学用リュックの底から出てきた絵。「ピッツェリア」

 

 

 

6才の娘の最近のお気に入りは、かこさとしさんの「からすのパンやさん」。

私も大好きであった本であったので、娘にも買い与えたところ、毎晩町中に響くんじゃないかという大声で音読してから就寝するのがクセになってきた。

 

バイリンガルで育つ娘には、イタリアの本も日本の本もわだかまりなく読めるものらしい。

父親に買い与えられたのは、ルイス・セプルベダの「カモメに飛ぶことを教えた猫」とそのシリーズで、この本はもちろんイタリア語だ。枕元に、大好きな本がきちんと並べられている。

 

ガンベロロッソや子供の絵本のサイトには、子供向けの「食育の本」というのがいくつか紹介されていた。

イタリアの子供たちは、けっこう好き嫌いが多いのだ。

というのも「嫌いなものは無理して食べさせなくてもいい」と考える親が多いためで、見慣れない食材に対しては拒否反応を起こす子供も少なくない。

イタリアでも昨今は、子供たちの偏食や肥満が社会問題となりつつある。

親たちも、「とりあえず食べてくれれば安心」という思いが強く、お菓子であろうが甘いものであろうが、食べ物を口にしてくれれば体力がつくもの、と思いこんでいる向きもあるのだ。

 イタリアのテレビには、日本と同様に「食」に関する番組も多く存在する。

しかし、その多くは有名なシェフの非日常的な料理法であったり、「食」に関するネガティヴな「問題」を扱った番組など、子供向けでないことが多い。

 

最初に目に入ってきた食材の色や形が、子供たちの食欲をそそらない場合でも、いずれはその食材が非常に美味であることを学ぶために、さまざまな絵本があるようだ。

こうした絵本は、子供だけではなく親たちの関心も喚起するために有効であると思う。

 

絵本によって、子供たちが「自分たちが口にするもの」がなんであるのか、「食べる」ということがいかに重要なことであるのかを楽しく学ぶことは、肉体上の健康だけではなく精神的な健康を維持するためにも効果がありそうだ。

 

というわけで、様々なサイトで紹介されていた「幼児向き」の食育本をご紹介。

 

 ①「みんなテーブルへ!食べ物について考えよう」

 お米とはなにか、ピッツァはどのように作るのか、牛乳はどうやってみんなの口にはいるのか。トマトはいつ収穫できるのか。食材について知り、食べ物の旬について学ぶ本。

 

 

②「一日一個のりんご 」

Una mela al giorno!

Una mela al giorno!

 

 健康な食生活を営むことは、大人にとっても子供にとっても大事なこと。学校に行ったり、友達と遊んだり、運動をしたり、夜よく眠るためにも、食事は重要な役割を果たしている。なぜ、朝昼晩とピッツアだけ食べることはいけないのか、果物や野菜や体に良いといわれるのはなぜなのか、子供たちの素朴な疑問に答える本。

 

 

③「なにを食べよう?」

Cosa mangio? Con adesivi

Cosa mangio? Con adesivi

 

 おいしい食べ物はどのように生産されて食卓に届くのか。いくつかの簡単なレシピも載っており、子供たちがシールで楽しめる本。

 

 

④「食卓に遊びを取り入れよう」Aggiungi un gioco a tavola.

4才から11才までの子供を対象に、人間と食物の関係の重要性を語ることを目的に作られた本。いずれのサイトでも絶賛されており、個人的には表紙はあまり好きではないのだけど、いずれ買ってみようかなと思っている。両親とともに、味覚や触覚についてゲームをしながら学ぶ形態になっており、親に向けての章もあり。

(日本のアマゾンでの販売はなし)

 

 

⑤「なにを食べよう?」Cosa mangiamo?

Was essen wir?

Was essen wir?

 

日本のアマゾンでは、原作のドイツ語版が販売されているようだ。なぜ、人間の体は食べたり飲んだりすることが必要なのか、どんな食べ物を食べればより健康でいることができるのか、といった問題を、家族という単位で考える本。ともに料理することの大切さもうたっているそう。

 

 

⑥「子供たちと食べ物」ポップアップ式絵本

 世界中の食文化を、ポップアップ式の絵本で楽しめる趣向。世界中に存在するさまざまなパンの種類、それぞれの国の伝統料理などが紹介されている。

 

 

⑦「フリゴリッロのちょっとした食べ物アドバイス

 主人公の「フリゴリッロ」は、食いしん坊でいつもお腹がふくらんでいる。洋服は入らなくなり、友達とサッカーもできなくなるほど太ってしまったフリゴリッロが、食生活を改善して肥満を解消するというお話。

 

 

我が家の娘は、幸いにして野菜はよく食べてくれる。

しかし、ニンジンやキャベツは火が通るとダメで、おやつには生のニンジンをガリガリと何本も食べているのに、料理に登場するニンジンはまったく食べない。

ほうれん草、インゲンマメはよく食べるけど、ズッキーニは食べない、といった具合だ。

食べず嫌いも多いので、「本当に嫌いかどうか食べてからいいなさい」と怖い父親に言われて、渋々口にはするものの味わう前に「やっぱり嫌い!」なんて言うことも多々ある。

食の嗜好は、大人でさえもちょくちょく変わるし、私もあまり深くは考えていない(もともとかなりの放任ママなのです)。しかし、こういった本は買い与えてみようかなと思っている。

さらに、青少年向きの食に関する本もいろいろあるようだし、たまには児童書コーナーものぞいてみなくては、と思っている。

 

 

 

 

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残り物の美学

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統計によると、生産される食材のなんと三分の一が捨てられているのだそうだ。

Food Sustainability index なるサイトは、25カ国を対象に食卓に上ることなく捨てられていく食材を調査した。

その結果、生産者から販売者に食材が届けられるあいだに傷んでしまったり、レストランやテイクアウトの食品を売る店で売れ残ったり、というのが食材がゴミ箱行になる主な理由であった。

 

イタリアも調査対象国に入っていたのだが、「食べ物を捨てない努力」をしていると評価された国のひとつでもあった。分別ゴミのシステムがイタリアでもようやく浸透しはじめて、なるべくならゴミを減らしたいという庶民たちのまっとうな思いも「食べ物を捨てない」ことに貢献したかもしれない。

それでも、一国民が一年に廃棄する食材の量は平均で110.5キロ。

ちなみに、食材を最も捨てる国はフランス、オーストラリア、そして南アフリカなのだそうだ。

イタリアでは幸いにして、残り物や冷蔵庫のなかで半分いたみかけている野菜などを使ったレシピがあちこちででまわっている。

極端になると、ニンジンの皮やアーティチョークの葉っぱまでなんとかして食べようというこんなサイトもある。

 

 

カラブリア出身でロンドンでシェフとして成功したフランチェスコ・マッゼイは、食物廃棄に絶対反対を唱えている料理人の一人だ。

バリッラ財団とトンプソン・ロイター財団が企画し、マッゼイを講師として招き、食材を捨てないということが料理人にとっていかに大事かを語る講演会も開かれたらしい。マッゼイによれば、料理人たるもの、第一に心がけなくてはいけないのが台所にある食材をひとつも無駄にしないこと、なのだそうだ。

とはいっても、買ってきた食材を冷蔵庫にぽんぽん入れて、奥に行ってしまった古い食材が忘れ去られることは日常茶飯事だ。

マッゼイは、料理したものも残ったからといって捨てずに、別の料理にアレンジして食べるべきだと主張している。

 

そのマッゼイが紹介したレシピには、こんなものがあった。

 

スズキの頭部をきれいにし、トマトソース、ニンニク、アンチョビと混ぜてフライパンで煮る。白ワインとプチトマトの切ったものも加えて、数分さらに火を通す。頭部を取り出したトマトソースをスパゲッティにからめる。

 

静岡育ちの私には、兜焼きというメニューは珍しくもない。

だから、「魚の頭部を混ぜたトマトソース」に身震いをする夫のことなどせせら笑ってしまう。

 

イタリアにいて、「買ってはみたもののおいしくなくて、残りは捨ててしまいました」という食材のひとつに、「カボチャ」がある。

日本のようにほくほくした食感がないこちらのカボチャは、日本風に煮込むと煮くずれて、繊維だけが残ってしまうのだ。味も淡泊というか、パンチがないというか、鮮やかなオレンジを理由にリゾットにしても、チーズを大量に振りかけなくては「味がない」一品になってしまう。

 

その「カボチャ」の残飯処理料理もマッゼイ氏は紹介していた。

オーブン焼きでもなんでもいいので、一度火が通ったカボチャをフライパンで炒めて水分を飛ばす。

つぶしたカボチャと、冷蔵庫のなかで使い道がなくて困っているチーズをなんでも何種類でもいいので混ぜて鉄板に伸ばす。その上に、パン粉をかける。それも、堅くなってかじることも不可能なパンを削るだけでよい。

オーブンで10分ほど焼けば、おいしく食べれるのだそうだ。これは、カボチャだけではなくジャガイモやズッキーニでもOKとのことだ。

 

ところで、先に挙げたバリッラ財団とトンプソン・ロイター財団は、食の安全、保存、農業、栄養、などに関して功績のあったジャーナリストやブロガーに、「Food Sustainability Media Award」を授与する、としている。エッセイなどの文章部門、ビデオ部門、写真部門の3つの部門で自信のある方、Food sustainability media award のサイトに応募してみてください。2017年5月30日が〆切り。

 

ちなみに我が家では、作りすぎて食べ飽きた野菜やパスタは、オムレツになることが多い。トマトソースのパスタは、なぜか作ったその日よりも次の日のほうがおいしくなる上、温めるためにフライパンで炒めてちょっと焦げ目ができるとさらにおいしい、というありがたい恩恵がある。日本のカレーと少し似ているかもしれない。

 

 

 

 

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生ハムのエリートたち

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イタリアの小学校はおやつを持参で登校する。

娘のおやつは、あけてもくれても「生ハムを挟んだパニーノ」、生のにんじんスティックかリンゴという、おとぎ話に出てきそうな素朴なメニューだ。

 

イタリアでも知名度が高いのは、「パルマの生ハム」と「サンダニエーレの生ハム」ということになっているので、我が家が購入するのはもっぱらこのどちらか。

あるいは、街にある豚肉専門店自家製の生ハムを買ってくる。

 

ところが先日、「イタリアが世界に誇れる生ハム11種」という話題があった。

それぞれの生ハムの紹介に、大カトーメディチ家の名前まで登場するのがいかにもイタリア的である。

 

そもそも「豚」という動物は、古代の人たちには良い印象がなかったらしい。

その「豚」の太もも部分を、かくも美味にしたというわけで、古代ギリシア人やローマ人も「生ハム」を高く評価することには異論はなかったようだ。

古代ローマ時代の詩人、ホラティウスペトロニウスも豚肉について言及している。当時の豚肉は、「熟成」したものばかりではなく「燻製」にしたものも多かったようだが。

 

中世に入っても生ハムの評価は下がることがなく、封建領主たちが税金がわりに「豚肉の腿」を徴集したこともあったそうだ。

ルネサンスの時代に入ると、当時のカリスマシェフであったマエストロ・マルティーノ、クリストフォロ・メッシブーゴ、バルトロメオ・スカッキが、17世紀に入ると農学者ヴィンチェンツォ・タナーラが、18世紀には貴族で料理研究家のイッポーリト・カヴァルカンティが、そして現在までそのレシピ集が書店にならぶイタ飯の父ペッレグリーノ・アルトゥージが、「生ハム」について詳しい著述を残しているのだ。

 

そして、2000年のあいだに「生ハム」精製の技術も進み、現在のイタリアにはDOP とIGPという品質保証のシールが貼られているのは10種類ある。食の専門家たちは、これにチンタ・セネーゼと呼ばれるブランド豚肉から作られる生ハムも加えるべきだ、と主張しているのだそうだ。イタリアではなぜか、「日本人や中国人も大好きなチンタ・セネーゼ」と言われることが多い。

 

それでは、その11種類を見てみよう。

 

①チンタ・セネーゼの生ハム

1338年にアンブロージョ・ロレンツェッティが描いた『善政の寓意』にはシエナ周辺で白い線の模様が入った豚を飼う農民の様子が描かれている。古代からエトルリア人によって飼育されてきたこの豚は、近世になって飼育が容易な豚の種が増えて、一時期絶滅の危機にあったという。現在はその数も増え、生ハムとなるものも多い。

チンタ・セネーゼの生ハムは、粗塩と香草とコショウ、アリアータと呼ばれるニンニクと酢のソースとともに18ヶ月から20ヶ月の熟成期間を置く。熟成場所は、古代からワインの醸造などにも使われてきた城壁の穴や洞窟が多いのだそうだ。室温、湿度ともに、豚肉の熟成にも最適なのだとか。

 

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コルトーナの美術館で見つけた、ルネサンス時代の絵画に残る「チンタ・セネーゼ」。

 

 

 

②アオスタ渓谷産ジャンボン・ドゥ・ボッス DOP
1600メートルの山の上で生産される「Vallée d’Aoste Jambon de Bosses」は、豚の足の先まで残して熟成するのが特徴。文献に初めて登場するのは、1397年。木製の小屋で熟成する生ハムで、最低でも7キロの重さがあり。

 

アマトリーチェの生ハム IGP

「Prosciutto Amatriciano」は、切ったときの鮮やかな赤色と脂肪の純白が特徴。深い味わいだが、塩気は強くない。標高1200メートル以下の、アマトリーチェ周辺で生産される。中世からの伝統があり、当時からその味には定評があった。1811年、ナポレオンの義弟でナポリ王であったジョアシャン・ミュラは、ナポリに豚肉の産業を普及させる際、アマトリーチェ周辺に家臣を送って生ハム製造を学ばせたという記録がある。

 

④カルペーニャの生ハム DOP

「Prosciutto di Carpegna DOP」は、マルケ州のカルペーニャで15世紀から生産されている生ハム。添加物が一切ないのが自慢で、その丸っこい形から地元の人は「アッドッボ ( Addobbo )」というかわいい愛称で呼んでいる。非常にデリケートで甘みのある生ハム。

 

⑤モデナの生ハム DOP

「Prosciutto di Modena」。この辺りに古代から住んでいたケルト人やローマ人は、肉の塩漬けを常食にしていたため、保存が利く「生ハム」の製造技術は早くから発達したようだ。モデナの生ハムの先祖は、ラテン語で「exustus」と呼ばれるもので、これは直訳すると「よく乾いた」という意味。乾燥肉であったのだろうか。モデナの領主であったエステ家のこ文書にも残る生ハムは、堅い部分も捨てずに「トルテッリーニ」の中に詰める挽肉にして食べていたのだそうだ。

 

⑥ノルチャの生ハム IGP

「Prosciutto di Norcia caratteristica forma tondeggiante a pera」。丸っこい梨のような形状が特徴で、重さは最低でも8.5キロ。ノルチャさんの豚肉のおいしさは、古代ローマの農学者大カトーも言及しているほど歴史がある。

 

パルマの生ハム DOP

「Prosciutto di Parma 」は、「エミーリア・ロマーニャの気候と技術の完璧な融合から生まれた芸術品」と呼ばれるほど、その美味が世界中に知られている生ハム。重さは最低でも7キロ。西暦1000年からの歴史があり、厳しい審査を通過した生ハムにのみ公爵冠のシールが貼られている。

 

⑧サン・ダニエーレの生ハム DOP

「Prosciutto di San Daniele 」は、フリウリ地方の名産。アドリア海から吹く風を受けて熟成される。ギターのような形と独特の甘さが特徴。16世紀半ばに行われたトレント公会議では、アクイレイアの大司教公会議出席者に12個のサン・サンダニエーレ産生ハムを贈った記録が残る。

 

⑨サウリスの生ハム IGP

「Prosciutto di Sauris 」は、ウーディネ近郊のサウリス産の生ハム。脂肪の部分もほんのりピンクというのが特徴。わずかに燻製されているため塩分が少なく、ゆえに繊細な甘さに定評がある生ハム。

 

トスカーナの生ハム DOP

「Prosciutto Toscano」は、すでにシャルルマーニュの時代に製造については厳しい規則があったという。その後、メディチ家の庇護のもと、どこよりも先駆けてあらゆる製造工程に厳しい規則を設けたのがトスカーナの生ハムなのである。ニンニク、ローズマリー、ギンバイカ、ビャクシンなどの香草を使うのが特徴。

 

⑪ヴェネト・ベリコ-エウガネオの生ハム DOP

 「Prosciutto Veneto Berico-Euganeo」は、ヴェネト州の生ハムで、その起源は古代ローマ時代のケルト人たちにまで遡る。モデナの生ハムと同様、肉をいかに保存するかという古代人の知恵が我々の時代にまで伝わったのだろう。ヴェネト州の生ハムは、知名度がイマイチなのだが、イタリア統一後に評価が高まり現在に至っている。

 

生ハムは、その質もさることながら、薄く切り分けるさいの技術に関してもイタリア人はうるさい。

昨今では、ほとんどが機械で薄切りにされてしまうのだけど、手作りをウリにする生ハムを青空市場で売るおじさんたちは、包丁で切ってくれる。透けるように薄く切り分けるおじさんには、「これもまた芸術」と賛嘆の声が浴びせられるのが常なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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それもまた立派な文化 「イタリアの食」

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ここ数年、イタリアの食の話題はなにやら「あさましい」と思えるレベルにまで高まっている。

日々、インターネットから垂れ流されてくるニュースに踊らされるのも、なんだか倦んできたなあと感じることもよくある。

それなのに、つい読んでしまうのが食の話題なのだ。

私はそれこそ「垂れ流されてくるニュースに踊らされる」一般庶民の一人であるから、食の話題にばかり目がいくのは、まず掲載されている写真が原因だ。それが調理された料理であれ、取れたての野菜や果物であれ、写真が美しいからついつい記事をクリックしてしまう。

 

私は美術や歴史が大好きで、それらに関するブログを2009年から書いてきた。

「食文化」についても触れたことがあったけれど、それはあくまで歴史の中のお話で、日々発信されるニュースや話題は雑談程度にとどめてきたのだ。

 

でもやはり「食」の話題も書いてみたい!と切に願うようになったのは、ここ最近である。

読んだだけですぐに忘れてしまうにはもったいないような愉しい話題も多い。だから、備忘録がわりにブログを書いていこうと思う。

 

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