イタ飯百珍

イタリアが「他国に負けない!」と気を吐いているもの、それが「食」!最近は備忘録。

戻ってきた生活のリズム

7月3日(金)

日々の生活のリズムが早くなり、コロナ以前の生活のペースが戻っている。

もちろん、生活の中で大きな変化はあるのだけど、なにやら慌ただしく過ぎていく日々の中でまた自分を失いそうになることもある。なんだか、気持ちに余裕がない。

外出せざるを得ない用事が増えて毎日忙しくしているのに、日本に帰ることだけはなかなかままならない。夏の太陽と山の涼しい風を毎日浴びながら、梅雨の日本に思いをはせている。

そんな私の思いとは裏腹に、娘は明日から姑とバカンスに出かける。私に似て海があまり好きではない娘は、「3週間も海なんて嫌だなー」とぶつぶつ言っているがこれも祖母孝行である。娘の思いも、「日本に行きたい」に凝縮しているのだ。彼女の目的は、日本の食べ物やお菓子や雑貨にあるにしても。「8月はどうなるかなー、ママ」としじゅう口にするのも、あきらめきれない思いがあるのだろう。

私と夫は、自宅に残って仕事である。まったく、貧乏暇なしとはよくいったものだけど、少しでも仕事をこなして日本に帰国できるときは十全に楽しみたい。そのために働くのだ。

というわけで、明日は午前中に日本人学校のオンライン会議があり、午後は娘と姑をアブルッツォのバカンス先に送り届ける。しばらくは夫と2人の暮らしが続くことになる。喧嘩をしても仲介してくれる娘がいないから、本当に気をつけなくてはいけない。

 

2020年、前半が終わる

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6月30日(火)

私が住む町は、今が一番いい季節かもしれない。

通常は、この季節は日本で過ごしている。故郷は大好きだけど、この時期の日本は梅雨でじめじめしていることが多い。

というわけで、今年は日本に帰ることもかなわなかったかわりに、夏の気持ちよさを堪能する毎日だ。そよそよと肌をなぶる爽やかな風を感じながら、ベランダで夫が育てているほおずきや祖母が好きだった桔梗を眺めている。蚊もいないから、夕方からは毎日夕焼けをボーっと楽しむこともできる。

そして、夏の衣類が思いのほか少ないことにも気がついた。毎年夏は日本で過ごすから、真夏の洋服は実家に置きっぱなしなのだ。8月の半ば過ぎにイタリアに戻ると、もうこの町は涼しいのが通常だった。まあ、ある服でなんとかやりくりしよう。

乗馬まで楽しんでキャンプから帰ってきた娘は、今週は宿題課題やっつけ週間である。今週末からは、今度はイタリアの祖母と海のバカンスに出かける。

気がつけば、今年も半分が終わった。3月の初めから始まったコロナの騒動、まさかこんなに長期戦になるなんて想像もしていなかった。

コロナによって狂わされたいろいろな歯車は、比較的平和な我が家の周辺にも存在する。学校がまずその筆頭だろう。イタリアの学校は夏休みに入ったけれど、果たして9月から再開できるのか。日本人学校も、問題山積となっている。私も夫もそれぞれの学校のクラス代表だから、これに伴う雑事も結構多い。

後半も、コロナに右往左往させられながら過ごす年になるのだろう。ここまでくると、右往左往する状態にも慣れてくるから、人間はたくましいなと思う。

さて、藤沢周平でも読みながら寝ることにします。

おやすみなさい。

 

悲しきローマ

6月25日(木)

今日から、夫と娘はアブルッツォにキャンプに出かけた。日本人学校のパパ友と、その息子さんの4人の旅である。私もあちらの奥様も、「キャンプはちょっと」という口である。

パパ友さんはキャンプのプロらしく、あちこちのよいキャンプ場に詳しいのだそうだ。

息子さんは恥ずかしそうに挨拶してくれたけど、後から来た電話ではすっかり打ち解けて楽しんでいるようである。

夫からは、シカの写真が送られてきた。こんな大きなシカが間近に来たら怖いなあと思ったけれど、プロ級のキャンプの達人もいることだし楽しんできてくれることを祈っている。

 

私はこれを機会に、何カ月ぶりかの美容院に行くためにローマに赴いた。

地下鉄の駅に向かう道は、渋滞が戻ってきている。

それなのに、地下鉄の中はガラガラ、ローマの町は活気もなく人の少なく、私はショックを受けてしまった。

田舎に住んでいると、ポストコロナとはいえかつての生活とたいして大きな違いはない。バールやたばこやさんはオープンして人々の生活に寄り添っているし、広場に集う面々も変わっていないからだ。

いっぽう、観光客がいないローマの町は、青息吐息の病人みたいだった。私が行く美容院は、トレビの泉の近くにある。イタリア人は、観光客がいない今こそとローマの町に繰り出すことがあっても、もっぱらナボーナ広場辺りを散策するにとどまっているのだそうだ。ここぞとばかりに、トレビの泉を見に来る酔狂なローマっ子は少ないのだろう。

トレビの泉に向かう小道は、通常ならバスから降りた観光客で押し合いへし合い、周辺のお土産屋さんやレストランは大賑わいの季節なのだ。

ニュースで「イタリアの経済はまずいです」と耳がたこができるほど聞かされていても、田舎で在宅ワークをしているとまったく実感がわかなかった。しかし、今日はそれを目の当たりにして、これは本当にマズいと体感した。

活気がないと一言で言ってしまえばそれまでなのだけど、ローマをはじめイタリアには誇れるものがたくさんある。観光客はこの国にやってきて、文化遺産を目にしてすごいすごいと感動してくれて、ご飯を食べてはおいしいおいしいと感嘆してくれる。そうした賛辞をもらえないローマは、まるで打ち捨てられた子供みたいに見えるのだ。

誰も見てくれない、だれも褒めてくれない、鬱になりそうなローマ。

フィレンツェの町もそうであったけれど、このような状況でも働いている人々はみんな必死の思いであることが伝わってくる。

やけおおこさず、愚痴らず振り向かず、今はもう前に進むしか道はないのだろう。私も田舎でのうのうとしていないで、ちゃんと現実を見なくてはいけないなと反省した1日であった。

 

小学4年生終了

6月24日(水)

一昨日から、ようやく1日を半そでで過ごせる季節がやってきた。

桃やメロンの香りが、一層強く部屋の中に漂うような気がする。

本来なら、今週の月曜日には日本に向かって出発していたはずだった。落ち込んでも仕方がないと思いつつ、やはり里帰りはしたかったなあと思いはそちらに行く。

月曜日は、イタリアの学校の成績がオンラインで届いた。オンラインの面接もあって、娘の小学4年生が終了した。

イタリアの公立の学校のレベルは、概して高くない。実家の母が日本から送ってくれるベネッセの教材をやらせると、算数などはとたんにつまずく。

というわけだから、イタリアの学校における娘の成績は今のところ悪くない。

そこで、夫はこう娘に語った。

「真っ白い紙に、インクがポタっと落ちたらどう見える?黒いしみがとても目立つだろう?
もともと汚れている紙にインクが落ちても、たいして目立たない。

勉強も同じだよ。いままで成績が良くて、ある日突然成績が落ちると、それが本当の姿よりも倍くらい悪く見える。でも、成績が落ちることなんて、本当はそんなたいしたことじゃないんだよ」。

 

私の成績はそれこそ「染みだらけの紙」みたいなもので、悪い点数をとってもその染みが増えるくらいの感覚しかなかった。私の母は子どもたちの勉強にも積極的に介入してくる人だったけど、私はこの程度にしかなれなかった。そんな思いがあるので、私は娘の勉強に過度に立ち入る気持ちは最初からまったくない。自分が得意の分野の歴史や文学ならば、請われればいくらでも教えるけれど。

今年、娘は10歳になる。月並みだけど、早かったなあと思う。一緒にいて私がイタリア語に往生すれば助けてくれるようになり、もうすでに「老いては子に従え」の気分になってくる。

本格的な反抗期も始まるのだろうし、親を疎ましく思う時期ももうすぐだ。

親としてこうあるべきだなんていう枠からはみ出ている私だから、娘もよい子の枠から外れても驚かないようにしようなんて思っている。

 

 

 

 

夏の味覚がそぐわぬこのごろ

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6月18日(木)

封鎖中の記録として書いていたブログは、すっかり間遠になってしまった。

マスクやソーシャルディスタンスという新しい慣習は定着したものの、生活はだんだんと元に戻っている。夫は相変わらず在宅で仕事をしているけれど、娘は新体操のレッスンに加えて、サマースクールのようなものに通い始めた。

イタリアの学校は6月初頭に終わってしまうので、働く親のために子供を預かってくれるこうした活動が多い。私の仕事は在宅だから、娘をこのサマースクールに入れたことは今まで一度もなかった。

しかし、今年は3月から家に籠りきり、友達と会うこともままならずエネルギーを持て余していた娘。夏休みの宿題となるワークブックもまだ届かないので、家にいるともっぱら日本にいる祖母に電話したり、外で1人でボール遊びをしたり、日本人学校の宿題をしたり、暇になるとついついyoutubeに手が伸びてしまう。

というわけで、今年はサマースクールに送り込むことにした。

最初は乗り気ではなくて、「1週間行っていやだったらそれでやめるから」と言いながら月曜日にサマースクールデビューした。担当の先生(というか、アルバイトの若者なのだけど)に子供が5人。今年はソーシャルディスタンスの関係で、グループ分けが細かいのだそうだ。知っているお友達もいないし、なんて消極的だったのに、ふたを開けてみれば初日から絶好調。

「ママ!そんなところ、行きたくない、なんて言わなくてほんとによかった~!!」

と大いに楽しんでいる。ほぼ1日中、外で体を動かしているので、蚊よけのスプレーと日焼け止めが必須。それに、マスクと消毒用の液体、着替え、おやつ、水筒をリュックに詰め込んで、毎日いそいそと出かけていく。

私と夫はそれぞれコンピュータに向かって、会話も少なく仕事にいそしんでいる。

封鎖中は真夏のような天気が続いたのに、ロックダウン解除とともに気温が下がってしまった。娘が通うサマースクールは山を下りたところにあるから、昼間はとても暑いらしい。しかし、自宅にいると午前中は上着なしでは寒くていられない。

せっかく買ってきた桃、メロン、イチジクなどの夏の味も、それを食べれば体を冷やすというのは本当で、ぶるぶると寒気が襲ってくる。めずらしく、日本のそれに似た細身のキュウリを市場で買って、味噌をつけてバリバリと食べたのだけど、これもなんだか寒々しい。

娘の送り迎えで山から下りると大汗をかき、自宅に戻ると山風に震え上がるという日々だ。

それでも、1日中体を動かしているせいで、娘の生活のリズムもだいぶ戻ってきた。コロナの感染者もイタリアはまだまだ多いのだけど、そのほとんどがロンバルディア州に集中している。まったく、摩訶不思議なウィルスである。

 

そういえば、赤毛のアンはシリーズをすべて制覇して、最近は同じくモンゴメリの「パットお嬢さん」を読んでいる。翻訳者の村岡花子さんは、どんな事情があったのか2巻目にあたる「パットお嬢さん」は訳してくれたのに、1巻目の「銀の森のパット」は訳さずに終わってしまった。青春時代から、私はこの欠如をいつも嘆いていたものだ。

最近、新しい訳で出版されたらしいのだが、その評判は散々なのだ。それで、1980年に田中とき子という人が訳した「銀の森のパット」を古本で探しまくった。彼女の訳だけが、モンゴメリファンのあいだで好評であったからだ。

無事にこの本を発見し、大枚をはたいて実家に送る手配をした。日本に帰国する楽しみが、また増えたというものである。

気がつけば今年も半分が過ぎていく。後半戦は、どんな世界が待っているのだろう。

 

封鎖後の美術館デビュー

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6月14日(日)

感染は下火になったとはいえ完全に収まったわけではないので、できれば家にいるのが理想的なのかもしれない。

トリノで行われているマンテーニャ展は、今回は泣く泣くあきらめた。

たいがいのことは我慢できる私が、「なにがなんでもフィレンツェに行く」と言い出したのは、かの地のパラティーナ美術館でジョヴァンナ・ガルツォーニ展が開催されていると知ったからである。会期は6月いっぱい。

カレンダーをにらみつつ、月末に夫と娘がキャンプに行くといっていたので、そのすきに私は1人でフィレンツェに向かおうかとも思ったのである。

しかし夫が、「1人で行くなんて無茶な。僕も行くよ」と言ってくれた。

娘は、「私は美術館はパス。パパとママだけできれいなもの見てきなよ」とのこと。彼女は、1昨年連れて行ったナポリのカーポディモンティ美術館で凝りてしまったのだ。

 

せっかくフィレンツェに行くのだから、ン十年ぶりにウフィッツィも見ようかという話になった。普段は観光客が長蛇の列をなす美術館も、予約は簡単にできた。

パラティーナ美術館は、13時に閉館してしまう。というわけで、土曜日にウフィッツィを見て、翌日朝早くパラティーナ美術館に向かうことにした。

久々の旅行だからと少し気張って、サント・スピリト大聖堂広場にある元貴族の屋敷のホテルを予約。

パニーノで腹ごしらえをしてウフィッツィに入ったのは14時。それから閉館までの4時間、館内で鑑賞したのだが時間は足りないくらいだった。

私も夫も、15世紀半ば以降の作品があまり好きではないという嗜好は同じなので、中世の時代の美術に時間をかけた。

想えば大学時代、このフィレンツェでブロンズィーノを見て、マドリッドプラド美術館でベラスケスを見たのが、私の運のつきだった。あの大学時代の旅行がなかったら、ヨーロッパに住むなんて大胆なことも考えなかっただろう。その意味では、文化というのは本当に人生に大きな影響を与えるものだと思う。

イタリア人の夫も、仕事でフィレンツェに来ることは多いのだけど、ウフィッツィの見学なんてこんな機会でもない限りすることがない。

今回のウフィッツィでは、シモーネ・マルティーニとフィリッポ・リッピが特に印象的だった。

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この大天使ガブリエルのマント、ほんとうに祖母遺愛の黄八丈にそっくりなのだ。

 

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フィリッポ・リッピ。尼僧を盗んだ破戒僧の手になるにしては、美しすぎる!

 

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青と赤の画家と呼ばれるアルドヴィネッティ。雑誌の記事で読んでずっと見たかった作品。

 

レオナルドやミケランジェロラファエロをまとめて見れることは、ほんとうに贅沢だと思う。しかし、この3人の天才たちの作品、メジャーなものは食傷気味のところもあるのだ。私もかつてはラファエロに夢中であったけれど、ちょっと嗜好が変わってきた。

 

18時過ぎに美術館を出ると、外は雨。

夕食は宿の主人に聞いて出かけたのだけど、イマイチだったかな。これはあとで、フィレンツェに住んでいたことがある親友に聞けばよかったと後悔した。

 

翌日、ホテルから歩いて1分ほどのピッティ宮殿でいやというほどラファエロティツィアーノを鑑賞した。ピッティ宮殿は、何度来ても首が痛くなる。なにしろ、天井すれすれまで無作為に傑作が並べられているので、うっかりすると傑作を見逃してしまうのだ。上まで見上げて、あんなところにティツィアーノが、あんなところにラファエロがといった具合である。

突如としてジョルジョーネやカラヴァッジョが登場し、ほんとに油断も隙もない。

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写真ではわからないけど、恐ろしく繊細な線で描かれています。その優しさは、見ている人を幸せにしてくれます。

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アポロンに扮した自画像。自分を極端に美化しないところも好ましい。

 

幸い、お目当てのジョヴァンナ・ガルツォーニはまとめて美術展になっていたので、ゆっくりと楽しむことができた。イタリアの食文化について書く機会があると、彼女の作品は過去の食材を知るうえでとても貴重な史料であった。お礼も込めての、ガルツォーニ参りといったところである。マルケ州アスコリ・ピチェーノ生まれのガルツォーニ、若いころから才気あふれてヴェネツィア、ローマ、ナポリトリノといったイタリア半島に加え、パリはロンドンにも滞在した経験がある活動的な女性だった。

静物画というカテゴリーは、実は私はまったく好みではない。しかし、カラヴァッジョとガルツォーニだけは、胸が痛くなるくらい好きだ。フィレンツェまで見に来ることができて、ほんとうに幸福だった。

近代美術は興味がないので通り越して、雨が止んだフィレンツェをそぞろ歩き。

久々のフィレンツェは、とても美しかった。ローマに住んでいると、「あのフィレンツェ人め」とか「トスカーナ野郎が」なんて悪口をきくのだけど、それはやはり衆に優れた人々に対する劣等感があるに違いない。トスカーナ州は、私にとってはいつ訪ねても、おいしくて美しくてスゴい場所だというのに尽きる。

今度は、なにがなんでも娘も連れてきてこの偉大なるトスカーナ人の遺産をしっかり見せてあげようと思ったことであった。

それにしても、マスクをしての美術鑑賞は結構なストレスであった。そして、フィレンツェを代表する美術館2つを2日で制覇して、足腰がいたい。体もなまっていたと思うし、美術館以外にも歩いての移動距離が多かったのだと思う。

人びとは、人気作品の前に固まってしまわないように、大人の分別で鑑賞していたと思う。たまに、分別のない人が割り込んでくることもあったけれど。

閉まっているお店も多かったけど、フィレンツェで働いている人はみな生き生きしていた。以前、アレッツォで美術館の職員やバールの店員の態度の悪さに辟易した記憶があるけれど、今回であったフィレンツェの人々はとても親切だった(ウフィッツィ美術館の切符売り場のおじさんをのぞいては)。

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ボッティチェッリが描く美形軍団。『ベニスに死す』のタッジオがてんこもりになってるみたい。

 

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美術館付属の書店はお宝の山!私は興奮しすぎて選ぶことができず、今回は夫の趣味でこちらの2冊。娘へのお土産。

 

前を向きだしたイタリアとともに、私も明日からまた頑張って仕事をしよう。

 

 

 

 

 

思春期の入り口

6月7日(日)

イタリアの生活は、活気を取り戻し始めた。

あっちこっちで渋滞が発生し、封鎖のストレスの反動か週末は外に出る人が多い。依然と異なることは、みんな律義にマスクをし、知人に会っても抱き合わず、お店に入るのにも列をなすといったところだ。

今日も姑の家。

相変わらずのベジタリアンメニューで、娘はもそもそとポテトのミルフィーユを食べていた。

3月5日から始まった学校の休校で24時間娘と過ごしているわけだが、なんだかこの3か月でずいぶんと娘も変わったなという気がする。もうすぐ10歳だから当然かもしれないのだけど、まだ9歳と思っていたのが妙にませてきたというか気難しくなってきたというか、これも成長の一過程なのだろう。

 

今日の午後は、「ショッピングに行きたい」と言い出した。

サロペットが欲しいのだそうで、気が進まない夫と姑をなだめすかしてお店に連れて行き、夏用のサロペット購入。

いつだったか、脳に関する医学者の記事を読んだことがあったのだが、人間は25歳になるまで前頭葉にある理性に関する脳は完成していないのだそうだ。

だからよく「若気のいたりで」起こるさまざまな失敗は、生物学的に見てもごく普通のことなのだという。

思春期に入ろうとしている娘も、これから理性では制御しきれないいろいろなことが起るのだろう。私は決して良い母親ではなのだけど、あまり干渉しすぎずに見守りたいものだと思っている。

普段は、意味もなく洋服なの買ってあげる母ではないのだけど、子どもなりにロックダウンの生活の中で頑張ったなあという思いもあったから、今日はご褒美にプレゼント。

授業は、金曜日に終了した。日本人学校だけ、7月の初めまで授業が続く。

明日の月曜日は、午前中にクラスの先生と仲間でちょっとしたパーティーをするのだそうだ(もちろんオンラインで)。

長い夏休み、娘をどのように過ごさせるか頭が痛い。